田舎住職 つれづれのつぶや記

仏教・禅のこと、お寺の日々のこと

背後から迫って来る

早くも二月です。

一月は、公私共に色々なことがありました。

元旦、そして翌日の二日には能登半島での大地震、そして日本航空の衝突事故が起きました。

私個人の事でいえば、父の姉である叔母さん、そして僧侶をしていた父のすぐ上の兄の叔父さんが立て続けに亡くなりました。

そして付き合いのあった同じ町内の僧侶の方が、患っていた癌の為に40代半ばで亡くなられました。

ただでさえ早く感じる一月ですが、大きな出来事があるといつも以上に月日が過ぎるのを早く感じます。

「死は、前よりしもきたらず、かねて後(うしろ)にせまれり」

先日読んだ本に書いてあった「徒然草」の中にある言葉です。 

子供の頃、後ろからいきなり押されて驚いたという経験は誰でも一度はあると思いますが、病や災難、そして死というのはそのようにいきなり背後から迫って来るのだということです。

前から来るものは待ち構えて準備をすることもできますが、後ろから来るものはそうはいきません。

思いがけず起こる出来事というのは、まさにそういうものなのだと思います。

逆にこんな言葉もあります。

昔、NHKの教育番組でしていた「フックブックロー」という番組の歌の歌詞です。

はしっても あるいても
ちきゅうのスピードは おなじです
あせっても のんびりでも
ちゃんとあしたは くるんです
いそぐときほど くちぶえふこう
かなしいときほど にっこりえがお
フック ブック ロー
しあわせはいつも うしろから
フック ブック ロー
おいついてくるよ
だからここらで そよかぜを あおぞらを 
ちょっとしんこきゅう 

「幸せはいつも後ろから追いついてくるよ」

という表現がとても好きで、印象深く覚えています。

本当の幸せは、前に進んでいって掴むものではなく、立ち止まった時に後ろからそっと歩み寄って来てくれる。

「後ろから」ということに共通した言葉ですが、一方は「人の死」一方は「人の幸せ」と対照的なことについての表現です。

どちらの深い言葉だなと思います。

二月三日は、父と母のいる実家のお寺で節分の大祭でした。

新型コロナウイルスが五類になって初めての節分。

豆まきをしたのは、実に四年ぶりです。

昼と夜の一年の無病息災等を祈り護摩の法要を勤め、豆まきをしていました。

法要の後には、近所のおばさんたちが作ってくれたおうどんのお接待もあったりと、三百人近い方がお参りに来てくださり賑やかい節分会となりました。

この賑やかい雰囲気というのが、そこに集まる人の気持ちを晴れやかにしてくれるのだと思います。

新年早々さまざまなことがあっだけに、いつも以上に人々にとって平穏な一年となってほしいと心から思った節分会でした。